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  • 第29話 本日のお客様への料理『ただただ懐かしくすべて許せるたこ焼き』

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🥂Glass 3

「今日は、これ、もってきたんです」

 幸はバルミューダのたこ焼き器を用意していた。

「え、たこ焼き、焼いてくれはんの」

 藤原の顔が輝き、パグはやっぱり哀しげにそのたこ焼き器を見つめていた。

 タネは小麦粉と米粉を混ぜ、濃くとったいりこ出汁に1割ほど牛乳を混ぜたもの。
 具は大きめの一口に切ったタコと、紅生姜、天かす。いりこの粉も、ぱらぱらとふる。
 タネを鉄板に溢れるほど広げ、それを丸いところにうまく埋め込んで、なるべく大きな丸をつくる。

「わあ、これ、あっという間に火が通るな」

 幸が慌ててひっくり返し始めると、思わず、パグも端っこを指差して声を出した。

「あ、ここ、もう焼けてきてるで」

 二人の客は最後はわあわあ言いながら、中学生に戻ったように、はふはふとソースと青のりのかかったたこ焼きを頬張った。
 そして、パグは思い切ったように言った。

「…幸ちゃんも、食べてえな」

「店の人が食べるのはおかしいでしょ」

 幸は微笑んで、

「でも、味見」

 と、一つ頬張った。

 懐かしい。懐かしいだけで、もういい。
 もういいやん。
 もう、それぞれの人生を一生懸命生きてるんやもん。

「懐かしいでしょう。たこ焼き。よくママに内緒で、たこ八のたこ焼き、食べたよね」

 幸が言うと、パグの目がみるみるうちに、うるうる潤んだ。

「ほんま、ごめん。ごめんな。ごめんな」

 大きな男二人がハンカチがいるほどになってしまった。

「いややわあ。ワイン、不味くなるよ。ほら、乾杯しよ」

 3つのグラスが、音を立てて触れ合った。そのワインの香りは、時を重ねてもなお、どこかにどうしようもない若さを切なく感じさせた。思い出させ、飲み干させてくれた。

第29話 本日のお客様への料理『ただただ懐かしくすべて許せるたこ焼き』

第29話 本日のお客様への料理『ただただ懐かしくすべて許せるたこ焼き』

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト   サイトウ マサミツ
*J-WAVEラジオ『TALK TO NEIGHBORS』の番組イメージイラストを2種類制作。
*『婦人之友』2024.4月号〜2025.3月号の表紙と目次の絵。
*絵本:『はだしになっちゃえ』『ぐるぐるぐるーん』他(福音館書店)『Into the Snow』他(Enchanted Lion Books)など多数の絵を手がけている。
*ホスピタルアート: 愛知医大新病院 他、現地で手描き制作。その他壁画、ウィンドウアート、ライブドローイングなど幅広く活動。個展も多数開催している。
Instagram:masamitsusaitou

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