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第35話『酒粕入り、白子と里芋のグラタン』
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  • 第35話 本日のお客様への料理『酒粕入り、白子と里芋のグラタン』

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 幸は何年ぶりかで風邪をひいた。
 人生で二度目か三度目の二日酔いと、風邪の症状が一気にきた感じであった。
 体温を測ると、37.8度だった。
 それは竹内がやってきて、痛飲した翌日のことだった。
 体調を崩した理由はわかっていた。
 病は気から。
 竹内が良い返事をくれなかったからだ。

「さっちゃん、ちょっと待ってな。ミツコの息子に会いたくないわけやないけど。…ちょっと気持ちを整理したいねん」

「そうですよね」

 当然と言えば当然の答えだった。そんなにすぐにトントン拍子に話が進むとも思っていなかった。でも、幸はすぐにでも光に実の父親に会わせてやりたいという気持ちが先走っていたのだ。
 竹内の言葉はどちらにでもとれた。本当に考えるのかもしれないし、大人の返答として、このまま曖昧にして、答えを出さないつもりかもしれない。

 そうやんねえ。…土曜の朝、幸は鏡の前でひとりごちて、キャメルのニットのマフラーをぐるぐる巻きにし、ニット帽をかぶった。
 念の為、インフルエンザやコロナではないか、調べておかねばと思ったのだった。
 近所の町医者に行くと、インフルエンザでもコロナでもない、とわかった。ドクターはネットで見た写真よりずっと歳をとっていた。

「今年は夏が長くて、厳しかったでしょう。秋はほとんどなくて、冬ですからね。身体も労わってあげんといかんのですよ」

「はい」

 幸はしょんぼりして、店ではなく自宅へ戻った。
 今日と明日の2日を休めば、月曜は定休日だ。でも2日休むのは売り上げ的にはきつい。とりあえず、バイトに来るはずの恭仁子に電話した。

「恭仁子さん、ごめんなさい、ちょっと風邪をひいちゃってね」

「えーっ、大丈夫ですか」

 なので、休もうと思うと告げる前に、恭仁子は言った。

「今日は、お酒だけで、私、やりますよ。ランチはできないけど」

「ほ、ほんとに」

「幸さん、私、、もうお手伝いして1年ですよ。大丈夫です。だいたい、わかります。冷凍してあるもので、出せるものがあったら聞いておきますよ」

 幸は嬉しくて泣きそうになった。いや、ちょっと涙ぐんだ。ほとんど人に頼ったことがない人生だから、任せてくれと言われることのありがたさは、ふかふかの羽布団にくるまれるような気持ちだった。

「恭仁子さん、ありがとう。あなたになら任せられる。とりあえず、インフルやコロナじゃないから、今日、ぐっすり眠れたら、明日は大丈夫だと思うわ」

 幸は冷凍庫に酒粕入りの里芋のグラタンが4食入っていることとその温め方、小さい鯵を南蛮漬けにしたものがあること、あとはソーセージなら茹でて出すこと、乾き物があることなどを指示して、電話を切った。

🥂Glass 1

 酒粕入りの里芋のグラタンは、試作したものが一つ、幸の自宅の冷凍庫にも入っていた。
 こういうとき「神様はいるんだな」と幸は思う。弱った自分を助けてもらえたような気がする。
 だが、弱っているときに神様を見つけられる人は、実は強い。
 幸はお腹が空いたのである。
 グラタンづくりをしておいてよかった。
 酒粕入りの白子と里芋のグラタンは、白子の代わりに牡蠣でも良い。
 白子は酒と昆布を煮た湯で下茹でし、一口大にハサミで切って、血や筋をとって下処理しておく。
 1リットルの牛乳にバター100g、小麦粉80gでベシャメルソースをつくり、酒粕を40gほどと、白味噌を大さじ2杯強、溶かすのだ。塩、白胡椒で風味を整える。
 そこへ、処理した白子と丸ごと柔らかくなるまで茹でて皮を剥いた里芋を適宜切って入れ、シュレッドチーズをかけ、バケットをパン粉にしたものをかけて、220度のオーブンで焦げ目がつくまで焼く。

 冷凍してあったものは、レンジで芯まで熱くなるよう解凍し、やはりチーズとパン粉をかけて焼く。
 少々の発熱なら食欲が落ちない自分に、えらいぞと呟きながら、幸は手を合わせた。

「いただきます」

 木匙でひと口運ぶと、圧倒的な熱さとまろやかなクリームのなかのほのかな酒粕の香りが現れ、白子と里芋のねっとり感が舌にまとう。
 なんて美味しいんだ。そしてこれは冬の味だと幸は思う。
 完食して温まり、風邪薬を飲むと強烈な眠気がやってきて、ぐっすり眠ってしまった。

第35話 本日のお客様への料理『酒粕入り、白子と里芋のグラタン』

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