250ほどあると言われる狂言の演目。間や声色で様々な感情や状況を演じていく。
「狂言では良い香りよりはお酒のにおいはよく出てきますね。人間の失敗がよく出てくるので、お酒を飲みすぎて失敗する。酒臭いというのを『熟柿くさやの』と言います」
ご自身の日常では、香りの好みがはっきりしている。
「オーガニックな感じのルームフレグランスとかが好きです。先日は、父の繋がりもあって『にっぽんの宝物』というイベントの審査員に招いてもらったのですが、日本各地の生産者さんが自分のつくったものをプレゼンされるんですね。そこで、奈良の奥大和の方で、絶滅危惧種の植物である『紫草(ムラサキ)』の香りを使ったメンズコスメをプレゼンされていたんです。その化粧水を一つお土産にいただいたのですが、それが素晴らしい香りなんです。香りって、僕のなかでは自分のモチベーションを上げるものかもしれません。例えば家で仕事をしたり、台詞を覚えたりするときも、無臭よりは何か香りが良いものがある方がやる気が出るんです。だから香りが非常に好きな方だとは思います」
狂言の舞台で使う「面(おもて)」にも昔ながらの防虫香のような香りが。
「この和の香りは、子どもの頃からとても馴染みがありますね」。
コロナ禍に舞台で演じることを制限されたときも、三兄弟は知恵を出し合い、YouTubeを開設した。
「父からなんか工夫してやってくれと言われて。それで、僕が企画の案を出しながら、三男が撮影や編集をしてくれて、3人で続けてきました。若くして、というよりは、若いからこそ、僕らは危機感を感じたんです。何かしないと、自分の周りの人たちは興味をもってくれない。何かやらなきゃと」
YouTubeでは料理動画まで投稿。卵焼きを焼くにも、台詞は狂言の言葉で。その言葉はなんとなく真似してみたくなる、明るいおかしみに満ちています。
「人間国宝の先生が、狂言は人間讃歌だとおっしゃっています。昔から変わらない人のありのままの姿、日常のなかで怒ったり泣いたり、笑ったり、失敗したりを表現しているんですね。文明は変わっていっても、600年前から人間の中身は変わっていない。たとえ現代の人たちが感情を出せない場所にいたとしても、狂言の生身の感情表現を観ることで、スカッとしてもらえたらいいですね」
思いきり笑い、思いきり泣く。思いきり失敗し、思いきり驚く。狂言にある人間の原点が、野村万之丞さんとその兄弟によってまた若々しくエネルギッシュに演じられていく。その今だからこその空気感を味わってもらいたい。
●ふらっと狂言会♭5
https://yorozukyogen.jp/
●萬狂言 春公演
https://yorozukyogen.jp/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com