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    第86回:中井智弥さん(二十五絃箏奏者)

《4》二十五絃箏だからできたジャズへのアプローチ

 そんな経験のすべてが、今回の新譜『SWING〜JAZZ with the koto〜』へとつながりました。
アルバムを聴いていると、これまでの和楽器の人たちがメロディラインだけを追いがちだったジャズではなく、コードを再編し、そこからもっとも箏とジャズが親密になる音を拾って紡いでいく、これまでにないサウンドが出来上がっているとわかります。

「まさにこれは二十五絃箏だからできたことなのです。普通の十三絃箏では、ジャズには足りなかった。それでも実はまだ足りない。ジャズの楽器を聴いていると、1オクターブに12個の音があるのですが、箏だと7個しかないのです。残りは絃を押してつくるか、琴柱(注・ことじ。琴の弦を支える象牙などでできた白い部分)の位置を変えます」

 超人的な手の動きで、作られる音色。ぜひたくさんの人に聴いてもらいたいアルバムです。

中井智弥さん

《5》香りと箏の音の共通点は、余韻

 実際に触らせてもらうと、二十五絃という絃の広域さ、パンっと強く張り詰めた絃の強さに圧倒されます。弾くのには体力がいりそう。
 しかし音の美しさもまた、なかなか比類ないものです。

「箏の音が消えていくのを減衰していくと言うのですが、その減衰こそが余韻になるのです。それはお香をたいたときの香りの余韻に似ているかもしれません。そこに次の音が重なっていくのもまた、美しいのです。それはまるで、散る花びらが重なっていくようなイメージですね」

 箏の余韻は重なり合っても美しいのが最大の特長。たとえば、こんなこともあるそうです。

「不思議なことに、たとえばピアノでドとドのシャープの黒鍵を同時に押すと、濁った響きになりますよね。ところが、箏だととっても綺麗なんです。どんどん濁っても美しい。それが箏の魅力であり、面白さだと思います」

 中井さんのお話を聴いて、もう一度箏の音色に耳を傾けてみると、その余韻の美しさにまた興味が湧いてきます。
 また日々の香りについても、中井さんはその余韻を楽しめる人。

「僕は自分で料理をつくるのも好きなのですが、香りも大事な要素だと思っています。今日もさつまいもとアーモンドをバターで炒めてシナモンとカルダモンを使いました。子どもの頃から、何か食べたり飲んだりする前に香りをかいでいることが多かった気がします。香りは生活のなかでとても大事な要素ですよね」

 日々のなかで香りを一音一音確かめながら。深く美しい余韻を知る人の丁寧な暮らしぶりが目に浮かびました。
 そんな中井さんの音楽は、これからも美しい音をより遠く深く広げていくことでしょう。

中井智弥さん

中井智弥さん
新アルバム「SWING〜JAZZ with the koto〜」発売決定!!
〜ジャズの名曲達を二十五絃箏の余韻で愉しむ〜

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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影 ヒダキトモコ
https://hidaki.weebly.com/


2020.10.27 written by 森綾
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