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  • 第33話 本日のお客様への料理『緑つながりのジェノベーゼ』

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🥂Glass 3

 石川町からたったの二駅なのに、初めて降り立つ駅だった。
 なんだか一気にすこんと空が抜けていた。石川町はやっぱりそこそこの繁華街で、山手は住宅街なんだと幸は思った。根岸は、住宅地ではあるが、密集感がない。山の方を見ると、緑がうっそうとしたところもあったり、バス停まで行くと、傾斜地に白い積み木のように墓地が見えた。
 バスに乗り、停留所をいくつか数えて、降りるとすぐにその寺はあった。
 小さい寺だが、本堂は金の飾りが立派で、奥の仏像は柔和だった。
 教えられたように、寺の裏へと回る。
 奥まった一角に、その今風な墓地はあった。確かに色とりどりの硝子の墓標はなかなか綺麗で、センスが良かった。
 その一つに、ローマ字でMitsukoと書かれたものがあった。緑の硝子。ミツコはそこまで指定していたのだろうか。

「ミツコさん。光くんに教えてもらいましたよ」

 手を合わせると、若い頃のミツコの姿が瞼の裏に浮かんだ。栗色の巻き髪を揺らし、長い指でシャンパングラスのステムを手に取る横顔が。あるいは、9センチのハイヒールで屋上へと駆け上がっていった背中が。なぜか、2年前に店に現れたときの姿より、それは鮮烈でくっきりと思い出せるミツコの姿だった。

「安らかに眠ってください」

 目を開けて、もう一度その墓標を見た瞬間、幸はそうだ、と気づいた。
 この場所で、墓でなら、光と竹内が対面しても、不自然ではないのではないか。
 何よりも、ミツコがここに眠っているのだから。
 幸はそう思うと、居ても立っても居られず、ケイにメッセージを送った。

「ケイちゃん、こんにちは。この間はありがとうね。それはそうと、竹内さんと会えましたか」

 すぐにケイから電話がかかってきた。

「幸さん、ちょうど連絡しようと思ってたんよ。この間、私が会社へお花のアレンジに行って、声かけてみたの。とりあえずね、光くんのことは言われへんから、幸さんが横浜で店出してるっていうことまでは伝えられた。ほんならね…」

「ほんなら?」

「竹内さん、東京までは週1位行ってるから、寄らしてもらうわ、って」

「ほんまに来はるかなあ」

「うん。嬉しそうやったよ。懐かしいなあって言うてはった」

「ほんま。ありがとうね。実はケイちゃん、今な、ミツコさんのお墓参りにきてんねん」

「それは… なんかミツコさんのパワー感じるな」

 幸は頷きながら、どうぞ竹内が社交辞令でなく、店へ来てくれるようにと祈った。そして、そこまで来てくれたら、きっと墓参りにも応じてくれそうな気がした。
 緑の墓標は、陽の光にきらきらと頷くように輝いていた。

第33話 本日のお客様への料理『緑つながりのジェノベーゼ』

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト   サイトウ マサミツ
*J-WAVEラジオ『TALK TO NEIGHBORS』の番組イメージイラストを2種類制作。
*『婦人之友』2024.4月号〜2025.3月号の表紙と目次の絵。
*絵本:『はだしになっちゃえ』『ぐるぐるぐるーん』他(福音館書店)『Into the Snow』他(Enchanted Lion Books)など多数の絵を手がけている。
*ホスピタルアート: 愛知医大新病院 他、現地で手描き制作。その他壁画、ウィンドウアート、ライブドローイングなど幅広く活動。個展も多数開催している。
Instagram:masamitsusaitou

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