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連載読み切り短編小説『香りの記憶』第14回『たまご雛』
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    第14回『たまご雛』

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燃え尽きた線香の灰が、一本分、白い香皿の上に落ちている。
 緑色の一本は煙を天に伸ばし、燃え尽きるとグレージュの灰になる。人間のようだな、と、畑野知佐子は遺灰の入った小さな骨壷を見やった。
 香皿の前には亡くなった夫、和彦の遺影がある。
 銀のフォトフレームのなかの顔は笑っていない。こちらをじっと見つめているようだ。
 仏壇はない。時折、花を飾るだけ。
 彼の生前の望みに従って、遺灰は海に帰し、少しだけ手元に残した。
 毎朝、そこに手を合わせ、線香を手向ける。
 白い煙が一筋、たちのぼる。やがて弧を描き、揺らめいて、空気になじむ。
 白檀の香り。毎日香の少し上等の。「少し上等」が、和彦は好きだったから。
 おはようと、心の中で言う。それ以上、何を言っていいのか、知佐子にはわからない。
 27歳で結婚してずっと一緒にいたのに、生きているときから、あまり会話のない二人だった。
 和彦は定年間際、膵臓にがんが見つかって、たったの3週間で亡くなってしまった。
 悲しむ間もなく法的な作業がいろいろあって、ずっと専業主婦だった知佐子には苦手な分野で、まごまごした。
 夫の言う通りに、なんでもやってきたから。
 亡くなる前に病室で和彦は言った。

「遺灰を海に撒いてくれ。そういうことをやっている会社があるはずだから、調べて、な。頼んだぞ」

「わかりました」

 淡々と生きてきた二人だけれど、そう言われた瞬間が一番、知佐子には悲しかった。ああ、もうこの人、いなくなるんだ、と実感したのだ。

「他になんか、してほしいことはある? なんでも言って」

「派手なことはいい。美恵子とおまえで家族葬にしてくれ」

 知佐子は意外に思った。娘の美恵子は29歳。生保の会社に勤めていて、八王子の支社にいるので、一人暮らしをしている。
 和彦はとても社交的で常に外を向いている人だったから。この若さで葬式をすれば、たくさんの人が集まるだろう。お世話になっていた人もたくさんいるに違いない。
 賑やかに送ってほしいと言われるのではないかと思っていたのだ。

「それでいいんですか。…お別れの会とか」

 表情を少し和らげた和彦が言った。

「人付き合いの苦手なおまえにできるわけないだろ。そんなこと」

「…」

「ありがとな。いつも一人で待っててくれて」

 知佐子は自分たちは夫婦だったんだ、と、その一言だけで救われた気がした。
 それから、和彦はすぐに昏睡状態になったのだった。

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