メジャーデビューしてからその時代、その時代に真面目に歌と向き合いながら、今年で30周年。1年前に韓国と日本の歌手が激突する「韓日歌王戦」で注目され、YouTubeでも大人気となった歌心りえさん。透明感を保ちつつ、一語一語がしみいる歌声は、今だからこそ出来上がったものと言えるだろう。
20代だった頃、最初のデビューをし、その後も何度か名前を変えてきた歌心りえさん。「歌心りえ」という芸名は、一度聞いたら忘れない。
「最初は旧姓でデビューして、姉とデュオを組んだりもしました。20年ぐらい前につけた名前はRieだったんですが、どう検索しても私のサイトに引っかからないんですよ。他のRieさんがどんどんヒットされていってしまって。それで、どうにかしたいなと。『歌は心』という言葉をモットーにしてきたので、これをくっつけて『歌心りえ』にしようと。当初は演歌歌手っぽいかなとも思ったんですが、今は良かったと思っています」
最初のデビューは1995年。その30周年となった今年3月25日、YouTubeで彼女がうたう『雪の華』が1000万再生回数を突破した。
「『今日でちょうど30年ですよ』と、SNSでファンの人が教えてくれました。本当に嬉しかったです。諦めなくて良かったなと」
しかし、今まで不遇だったわけでもない。デビュー曲は『アメリカズカップ』というヨットレースのイメージソング、そして2曲目もポカリスエットのCMソングになっていた。
「ありがたかったです。中山エミリさんが出ていらしたCMで、いつ流れるかわからないから、ずっとテレビをつけていました」
ところが、その後、不遇な時期に。
「姉とデュオでデビューし直したんですが、なかなか彼女は破天荒な人で、結局別れてしまいました。その後、もう一度単独でCDをリリースしたんですが、その時点でもう事務所もメーカーも離れてしまったんです。そこに重ねてプライベートでは失恋もあり、もう東京に居られなくなって。
それで1回栃木の実家に戻って、1年ぐらいいたのですが、やっぱり歌うことを諦めきれませんでした。それで母に『ごめん、もう一回、東京に行かせて』と」
2001年、再び上京。Rieとして活動を再開した。
「ミニアルバムを出すことになって。自分の活動と同時に、アーティストさんのバックコーラスをやったりして、音楽はなんとか続けていました。そうして2004年にピアノ、ボーカル、チェロの女性三人ユニット『September』で新たにデビューしたんです。そのデビューシングルが韓国ドラマ『冬のソナタ』の日本語公式カバーでした。映画『頭の中の消しゴム』のカバーも、松井五郎さんに歌詞を書いていただいて歌いました。でもその頃は、将来、韓国で私の歌が聴かれるようになるなんて、思ってもみませんでした」。