そこへ、フルメークを落とさず、普段着に着替えた凛花と、疲れ果てた表情の大城がやってきた。
「なんか、いい匂いがする〜」
「あら、終わったんですか。前撮り」
「はい。疲れた〜」
「おつかれさま」
一旦テーブルに突っ伏した凛花だったが、佐伯を見つけると「こんばんは〜」と愛想した。
「こんばんは」
佐伯はちょっとグラスを掲げた。
すかさず凛花は佐伯の隣に座って、体を二つ折りにした。
「佐伯さん、お願いがあります。あの。ウェディングパーティーで1曲弾いてもらえませんか」
高いわよ、と幸は止めに入ろうとしたが、凛花は真剣な目で佐伯の横顔を見つめていた。幸せの絶頂にいる人は、その幸せ以外のものが見えなくなるのだろうか。
本来なら「マネージャーを通してください」という答えのところを、佐伯はなぜか、二つ返事した。
「いいですよ。お祝いに、1曲」
「マジですか!」
大城も驚いて、凛花の隣にやってきた。
「ありがとうございます」
「よかったー」
純粋に喜ぶ二人を、岡部は眩しそうに横目で見た。自分と結婚して、恭仁子は幸せだったのだろうか、と自問しながら。
筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
イラスト サイトウマサミツ
イラストレーター。雑誌、パッケージ、室内装飾画、ホスピタルアートなど、手描きでシンプルな線で描く絵は、街の至る所を彩っている。
手描き制作は愛知医大新病院、帝京医大溝の口病院の小児科フロアなど。
絵本に『はだしになっちゃえ』『くりくりくりひろい』(福音館書店)など多数。
書籍イラストレーションに『ラジオ深夜便〜珠玉のことば〜130のメッセージ』など。
https://www.instagram.com/masamitsusaitou/?hl=ja