フレグラボ|日本香堂

人と香りをつなぐwebマガジン

Fraglab
  1. HOME
  2. ヒトサラカオル食堂
  3. 第23話 本日のお客様への料理『あめいろからすみと帆立とだいこんのカルパッチョ』
    1. 小説
  • 第23話 本日のお客様への料理『あめいろからすみと帆立とだいこんのカルパッチョ』

    1. シェア
    2. LINEで送る

🥂Glass 4

 その夜、佐伯洸とセルジュは、まるで30年来の友達のように語り、明るく飲んでいた。幸も、一緒になって久しぶりに飲んだ。
 足元をふらつかせながら二人が帰ってしまうと、幸はグラスを洗う気力もなく、カウンターの中の丸椅子に座った。
 しばらくぼんやりしていたが、水を一杯飲むと、片付け始めた。
 二人が座っていたあたりから、微かにムスクと葉巻が入り混じった香りがした。人の姿はないのに、香りだけが残っていた。それが、洸がいなくなることをまた思い知らせた。

 幸はその香りを消そうと、お香を一本たいた。
 シナモンやバニラをブレンドした、どこかオリエンタルな香りのお香を。それは洸が行ってしまうヨーロッパとは正反対の場所の香りだった。
 香りを吸い込むと、もやっていた心が元に戻っていくようだった。
 淡い淡い片想いの終わりだった。幸は洸がここにいる空気が好きだった。彼がここにいるだけで、この場所は特別なものになったのだ。そんな人は他にいなかった。いや、誰しもその人のいる空気をつくる。でも、洸のつくる空気が、気配が特別だったのだ。
 大晦日のコンサートは、壮行会にもなるのだろう。
 ギャルソンエプロンを外してたたみ、トートバッグにしまうと、灯を消した。
 扉に鍵をかけた。
 夜中の冷たい空気のなかを歩き出すと、あの金木犀の下で、また立ち止まった。
 見上げると、オレンジ色の小さな花が輝かない星のように瞬いていた。
 手を伸ばし、ひとつ摘んで、口に入れた。ほとんど味はしないが、その香りはほのかに感じられた。

「さすがに12月にはもう咲いていないわよね」

 ひとりごちると、じんわり瞳が潤んだ。秋が終わり、冬がやって来る。まるで人生みたいに。
 幸は海辺の部屋に向かって、ゆっくり歩を進めた。

第23話 本日のお客様への料理『あめいろからすみと帆立とだいこんのカルパッチョ』

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト サイトウマサミツ
イラストレーター。雑誌、パッケージ、室内装飾画、ホスピタルアートなど、手描きでシンプルな線で描く絵は、街の至る所を彩っている。
手描き制作は愛知医大新病院、帝京医大溝の口病院の小児科フロアなど。
絵本に『はだしになっちゃえ』『くりくりくりひろい』(福音館書店)など多数。
書籍イラストレーションに『ラジオ深夜便〜珠玉のことば〜130のメッセージ』など。
https://www.instagram.com/masamitsusaitou/?hl=ja

  1. 3/3
  1. シェア
  2. LINEで送る

スペシャルムービー

  • 花風PLATINA
    Blue Rose
    (ブルーローズ)

  • 日本香堂公式
    お香の楽しみ方

  • 日本香堂公式
    製品へのこだわり

フレグラボ公式Xを
フォローする